Filed under: スペシャル — admin @ 17:38:40

<日映協ならではの活動>

S
活動といえば、今年14回目を迎える独特な新人監督賞である新藤兼人賞については?

J
新藤兼人賞は自分たちがプロデューサーとして組みたい監督を自分たちで発見しようじゃないかということで作った賞です。プロデューサーは監督と脚本家が大事に思っているじゃないですか。だから、この賞を通して常に新しい才能と出会いたいと思っている。

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今年の授賞式の模様

(注:今年は金賞に沖田修一監督『南国料理人』、銀賞に田口トモロヲ監督『色即ぜねれいしょん』、SARVH賞は安田匡裕氏(『ディア・ドクター』プロデューサー)が選出された)

S
そのほかに政策委員会(自主的な勉強会)などもありますね?

J
政策委員会では、プロデューサーを取り巻く問題点を研究や勉強していますけど、とても実のある活動になっていると思いますし、こういうことを定期的に活動している団体は他にないと思いますよ。

<インディペンデントであり続ける>

S
現在の独立プロダクションの状況については?

J
まず「インディペンデント」という言葉の使い方が変わってきた。
60年前に近代映画協会を作った時には映画を作れる機能を持っていたのは映画会社しかなかった時代。

S
ええ。

J
機材もない、フィルムを買うにも即金じゃなきゃ買えない、スタッフや役者も各映画会社に所属してる人しかいないという状況で、映画会社以外で商業映画を作っていたのが、独立映画プロダクションだったの。インディペンデントとは、まさに名前の通り「独立プロダクション」そのものだったわけ。

S
ええ、わかります。

J
そのあとから撮影所を飛び出した大島渚さんや今村昌平さんたちも共通認識でインディペンデントプロダクション、インディペンデント映画を作ってきたわけなんだけれども、最近“アマチュアが作る映画がインディペンデント映画だ”と言われている。

S
はい。

J
それは違うだろ、と。
個人が作る実験映画で人に見てもらうようなステージを与えられたら幸せだな、というものと、最初から商業映画公開を目指して、再生産まで目標としている僕らはそこが大きく違うと思うんだよね。つまり、独立プロダクションは資金を集めて映画を作り、映画を公開して収益が得られ、そこからまた新たな映画を生産する・・・そういうサイクルで映画をつくる(=再生産)ということを考えているのね。職業として映画を作る。

S
ええ。

J
それを同一視されて、インディペンデント映画のファーストステージかなにかが、アマチュアあるいは学生の映画だという認識には異を唱える。
僕らのやってきたインディペンデント映画の目的はいったい何なんだ?ということになっちゃうよね。認められていないというのは非常に残念。

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S
そうですね。

J
大手映画会社6社(注:松竹・東宝・大映・東映・新東宝・日活)しか映画を作れなかった時代で、カメラもライトもない僕らの先輩たちが道を切り開いてきたわけだから。それを学生の映画と一緒にするなよ、って俺なんかは思うわけよ。(笑)
彼らを下に見ているとかではなくて、僕らは職業映画人として作っているという責任を負っているんですよ。

S
歴史も背負っているわけですからね。

J
実際、戦後の日本映画を支えてきた一つにインディペンデント映画が作った作品があると思う。大きい貢献をしてきてると思うよ。

S
そうですね。

J
海外でも日本映画が評価されてる基準はそれがあると思う。やっぱり今まで見たことのない映画を作っているし、新しい映画を作ってきたのはまさにインディペンデント映画だからね。実績としてはメジャーの映画では作りえない映画を作ってきたと思いますよ。

<これからの「インディペンデント映画」・・・>

S
最近の動きは?

J
この20年くらい、思想信条ではなく「映画を作っている」「映画を作りたい」ということがあれば、誰でも映画が作れるからプロダクションを作ろうという風潮があるかな。

S
それについては?

J
肯定的ですよ。映画を作りたい人が自分の裁量と責任において作るということは尊重すべきだと思っているから。作りたいという意思があって、責任を負うということができるのであれば、誰でも作ったらいい。映画というのはそういうものだから。

S
懸念はないですか?

J
映画を作るというのは技術がいるから。その技術をどうするかという問題はある。最近の風潮で憂えるとするならば、プロの技術を尊重していないといところが見受けられること。アマチュアのシナリオライターが書いてそのまま映画にするとか、今まで1本も映画を作ったことのない新人監督や異業種監督ばかりがフューチャーされるという状況はね。

S
ええ。

J
でも、責任もって作ってくれればいいですよ。結果責任を負えるのならば、どんどん作ってほしいです。

S
はい。

J
映画製作はギャラとか労働環境が厳しいと言われて、同志的な意識がないとやってこられなかったのも事実。映画の画面を作るということに対して重要なスタッフとね。苦労があってもモノを作るプロセスの中で、楽しい思い出しか残らないじゃない。映画作りは他の創作よりも明らかに面白い。(笑)

完成時のカタルシスっていうのは、かなりあるし。やめられない。(笑)

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S
やめられませんね。(笑)
では、最後に今後の日映協としての課題・目標をお聞かせください。

J
日映協の会員を増やすということと、誰も見たことのない映画を作るにはどうしたらいいだろう、ということですよ。
これからも、新しい映画を生むことですね。

S
ありがとうございました。


2009.11.16 日本映画製作者協会にて
インタビュー:佐藤、坂巻 文責:坂巻

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新藤  次郎(Shindo, Jiro)プロデューサー 
株式会社近代映画協会(Kindaieiga Kyokai Co., Ltd.) 代表取締役
(協)日本映画製作者協会(Japan Film Makers Association) 代表理事
1949年神奈川県生まれ。新藤兼人の次男で新藤風の父。
71年、日本大学芸術科卒業後、フリーのスチールカメラマンとなる。
三船プロダクションのプロデューサーを経て、79年田中プロダクションのプロデューサーとなる。86年近代映画協会入社。90年、代表取締役となる。95年より協同組合日本映画製作者協会代表理事。

主な作品歴:  
1960『裸の島』監督:新藤兼人
1964『鬼婆』          〃
1970『裸の19才』    〃
1977『竹山ひとり旅』  〃
1987『さくら隊散る』  〃
1993『墨東綺譚』      〃
1995『午後の遺言状』  〃
1998『Looking For』監督:鶴巻日出雄
1999『生きたい』監督:新藤兼人
2000『アドレナリンドライブ』監督:矢口史靖
2001『三文役者』監督:新藤兼人
2001『ショコキ!』監督:児島雄一
2001『折り梅』監督:松井久子
2002『群青の夜の羽毛布』監督:磯村一路
2003『雨鱒の川』監督:磯村一路
2004『サヨナラCOLOR』監督:竹中直人
2005『転がれ!たま子』監督:新藤風
2008『能登の花ヨメ』監督:白羽弥仁
2008『石内尋常小学校 花は散れども』監督:新藤兼人他、多数

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