Filed under: スペシャル — admin @ 18:15:17

続いて、小林監督のインタビューの模様をお届けします。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

映画のなりたち

S(シロウズ) 
このたびは第13回新藤兼人賞金賞受賞おめでとうござます。
いま、どのようなお気持ちですか?

K(小林監督) 
ありがたいなあ、というのと、映画を作っていたのも、もう2年前だし、
間違いなんじゃないかな、と(笑)。油断しちゃいけないなと思います。

S 
『かぞくのひけつ』では、いくつ賞をとられたんでしょう?

K 
監督協会新人賞と、今回の新藤賞と、
おおさかシネマフェスティバル(第2回)で桂雀々さん、
谷村美月ちゃんが新人賞、僕が新人監督賞をいただきました。

S 
どのへんが評価されたとお考えですか?

K 
もともと、賞とか映画祭に向けて作っていなかったので、
よくわからないんですけど…。珍しかったんですかね。
わりと「アート」から離れてるから。あんまり閉じたくないというか、
ふつうのおばちゃんが見てふつうに面白い作品にしたかったというのはあります。
だいぶいろんな下駄をはかせてもらってるな、と思いますけど。

blogyou.jpg

S 
そもそもの作品のなりたちは?

K 
大阪十三(じゅうそう)の映画館、第七藝術劇場が
再オープン―何回かつぶれているんですけど―するときに、
経営陣にシマフィルムの志摩敏樹さん
(『ニワトリはハダシだ』『風花』『ぼくんち』のプロデューサー)が
参加されたんです。
「自分が加わったんだからせっかくなら記念の映画を作ろう」
ということになり、
「オープン記念だから新人がいいんじゃないか、
大阪の映画館だから大阪人がいいんじゃないか」という話になったときに、
一番近くにいたのが僕だったんだと思います。
依頼を受けたのは06年の1月末でした。
で、夏にはイベントで公開したいっていうスケジュールでした。

S 
お話をもらったときにはどうでしたか?

K 
「ラッキー、やります!!」ってかんじではなかったですね。
商店街と映画館の映画ということだったんで、その枠で何ができるのか…。
どうしたらいいんだろう、と。どこかで「小手調べ」みたいなかんじで、
最初はなめてたんじゃないですかね。大きな予算でもないし、時間もない。
自分があたためてきたこれぞ、という企画でもないし、
真価を試されるという重さはない、みたいなかんじで。
もちろん、映画ってどんなもんでも小手調べなんかじゃできないということに、
早々に気がつきまして、「これは、やばい」と。
この枠の中で真剣にやるしかない、と腹をくくりましたね。

S 
大阪出身であることはプラスでしたか?

K 
今回に関してはそうですよね。時間がなかったから、キャストは
大阪および近畿出身の人でないと絶対に使わないというのを、まず決めて。
今まで助監督としては東京の人に方言指導の先生をつけて、
ということを何度かやってましたが、それにどれだけ労力とお金がかかるかも
知ってましたんで。そこに時間を割かない、という判断をしたところが
大阪人ゆえですかね。日本人が『SAYURI』を作ったら、
日本人役にチャン・ツィイーは使わないのと同じで、
やっぱり外人なんですよね。文化と言語が。
翻訳作業するとどうしても伝えきれないことがあるから。
そこをいちいち説明せずに進められるという強みはありました。

kazoku_sub3_yoko.jpg
(c)2006シマフィルム

まずは初恋物語

S 
脚本作りに関しては、商店街と映画館というモチーフ以外には
なにかリクエストはありましたか?

K 
殺人事件とか、少年犯罪とかではなく“心温まる話”みたいな
制約はありましたね。あとは何をやってもよかった。

S 
家族のお話になったのは?

K 
プロデューサーの中村さんと新宿の喫茶店で
「商店街っていうけど何屋のはなし?」って話しはじめて。
おっさん二人、高校の映画研究会みたいに何週間か迷走してました。
少年が女の子と知りあって、ちょっといい関係になるはずが、
その女の子にはバイト先に別の相手がいる、それを知って
少年の恋が破れて…みたいなプロットをまず書いたんです。
で、志摩さんにメールで送ったら
「まあ、ええんとちゃう?脚本にしたら?」
と言われたんだけど、
「いや、これ脚本にならないですよ。
なるかもしれないけど20分くらいでいい話ですよ、こんなの」
「えっ? だって、お前が書いたんちゃうの?」
「ええ、まあ書いたんですけど」
ってことで(笑)、やりなおすことになり。

S 
自分でつっこんじゃった、と(笑)。

ビン・ラディンとアフリカ魔術!?

K 
予算がないからって、ただ“小さい話”にしてしまっていいのか。
目線だけは高くしないと、ほんとにちっちゃな話になっちゃう、
と思い直して。それが2月くらい。
小さい話なりに「男と女が他者としてお互いを知る」みたいなことを
観念としては話してたんですね。はじめて若者が他者に傷つけられ、
一枚皮がむけたね、みたいな成長譚のつもりではいたんだけど、
どうしても個人の世界におさまっちゃう。
なんか大きくできないか、と悩んでいたら、ちょうど新潟に
アルカイダの一味が潜伏してたというニュースを思いだしまして。
じゃあ、ビン・ラディンが十三に潜んでた、というのはどうだ、と。
それでバスター・キートンの『セブン・チャンス』みたいな
追いかけあいになって…と、小ネタをいろいろ出し合ってたんです。
で、それをどうまとめるか、となったときに“骨”となるべきところが
みつからなかった。どこか建前論でしかなくて。
ニセモノなのかホンモノなのかわからないビン・ラディンをめぐって、
アラビアのロレンスみたいな人100人と、商店街のおばちゃんとが入り混じって…
というのは面白いけど、追いかける以上は捕まるんだよなあ、
そのとき何を言えばいんだろう? と。「殺してやる」なのか
「イスラム教徒がみんなテロリストってわけではないんだ」みたいなこと?
そんなかんじでプロットは書いたんです。また、面白がってはもらえたんだけど、
「いやいや、これ、プロットだからぎりぎりごまけてますけど、
脚本になったらきついですよ」と(笑)。
また、自分でやっときながら、自分で没にして。
それが3月下旬くらい。

S 
夏に公開なのに…。

K 
もう、そろそろキャスティングとロケハンしないと
間に合わない時期なんですよ。中村さんの知り合いで
荒井さんの門下生の女性、吉川(きっかわ)菜美さんが加わってくれて、
ファミレスで深夜集まっては、さらに考えて。
 ビン・ラディン話のときに、浮気者の父と、母がもめている、
それを見ている少年、という話が付け加わってはいたんですね。
何人かにプロットを読んでもらって、
「家族の話をやりたいのか、時事ネタをやりたいのかわからない」
と言われてた。僕たちとしては、そこに共通するものを感じていたんだけど、
つなげられる“骨”がみつけられていなかった。じゃ、どっちをとる?
というときに家族の話を残したんですが、結局、もともとの失恋話に
親世代の話がくっついただけで、あんまり大きくなってないなあ、と。
どうしようか、と苦し紛れにいろいろ話しているときに、
ナイジェリアの殺人事件のニュースがあった。女が殺されたんですが、
理由は「こいつは魔女で、俺のペニスを呪い奪った。取り戻すために殺したんだ」と。
西アフリカにはそういうウィッチ・ドクターがいて、
過去にもそういうペニスパニック(ペニスが消えてしまったと錯覚する症状)で
事件が起きてる。これは浮気話のオチになるかな、と。
ただ、大阪の話にアフリカ魔術がいきなりでてくるのもどうなのか、
というところから漢方にして。

S 
テントさんが演じる漢方医が主人公に売る漢方薬ですね。

K 
それも、「お、いいのがみつかった!」というよりは
「うーん、これ大丈夫かなあ」と、3人でのファミレス会議に
こわごわ持っていったんですけど。
「どう? どう? これ引く?」と(笑)。
許可もとってないような漢方医で、テントさんがやってくれたら
「ありかなあ」と。
悩ましい感じでしたが、時間もなかったんで「これでいこう」と。

kazoku2.JPG
(c)2006シマフィルム

S 
脚本の形になってから何稿まであったんですか?

K 
ビン・ラディン話が抜けて、テントさんの存在を入れて、
はじめて脚本にしたんですが、途中からは僕は大阪にロケハンに
行っちゃったんで、吉川さんとはメールのやりとりをして。
そういう細かい直しを別にしたら、3稿くらいですかねえ。
印刷したのはクランクインの3日前でした。

S 
いままでオリジナルで、大阪を舞台に書きためていたものは
あったのですか?

K 
いや、さぼってたんです。『かぞくのひけつ』の冒頭で出てくる
回想シーンのような話は書こうと思っていました。
寺町というお寺の並ぶ通り、別名「タニマチ」というところは、
お相撲さんがいまでも巡業のときには宿泊するんですけど、
裏がラブホテル街で面白いところなんですよ。
そんな寺町の寺の押入れの話のプロットを書きかけてたのが、
もう5,6年前。苦し紛れで「今回使っちゃうと、もう使えなくなる」
とは思ったけど『かぞくのひけつ』で放出してしまいましたね。

キャスティングの決め手は人(ニン)

S 
キャストのみなさんは、どのように決まったんですか?

K 
あて書きはテントさんくらいですね。
脚本書きながら若者二人と愛人役はオーディションしてました。
ほかはコピー台本でキャスティング。
実は、谷村美月さんはすぐ決まったんだけど、
主役の賢治くんはだいぶ決まらなかった。

S 
最終的な決め手は?

K 
久野くんはもちろん知ってたんですけど、
『ごめん』に似てるって言われるのがいやだったんで、
最初は避けちゃった。他の子で探してはいたんだけど、
なかなかみつからず。やっぱり久野をよんでみるか、と。
会って話してみたんだけど、
「最近、学校でなんか面白いことないの?」と聞いても
「いや、べつに」って。「おまえは○○かっ!」(笑)。
大丈夫か?と思って『ごめん』のときのチーフ助監督に
様子を聞いたら「人見知りなだけだから」とは言われたんですけど。
そんなわけで、最終候補は、久野君と、某大手事務所の新人イケメンくん、
結果、村田役に残った小堀(正博)くんでした。
3人をよんだものの、僕はどうしたらいいかよくわからなかったんですが、
プロデューサーの中村さんが突然、「腕立てしろ」と。
1時間くらい体力トレーニングさせたんですね。
「要は決め手がないんだよ!」みたいな言葉攻めもして。
そしたら久野君が悔しそうな顔してたんですよ。
それを見てて「ああ、いいかもな」と。芝居もやってもらったけど、
以前に会ったときとは格段に違ったので「一緒に作っていけるかな」と思いました。
小堀くんは頭の回転もいいし、面白いなと思ってたんですが、
なんというか人(ニン)が違う。ニンというのはたぶん大阪の言葉ですね。
いや歌舞伎かな? なんというか…本質? 役らしさというか…やはり、
久野くんの人(ニン)が決め手でしたね。
『ごめん』は忘れよう、似ていると言いたきゃ、言え!って開き直った。
……実際言われるんですけど。

<後半に続く>

Copyright OFFICE SHIROUS All Rights Reserved ※このサイトからの無断転載を禁止します。