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仕事として求めること

司会
プロデューサーサイドから「仕事」としてシナリオライターに求めることはなんでしょう?

宮崎
変なことを考えてる人がいいなと思うんですね。ちゃんとした映画をやりたいとは
僕はあまり考えてなくて。なんかエネルギーのあるものを作りたい。
あるシーンが強烈に記憶に残るようなね。世界の名作を勉強のためにはある程度見て、
良い映画だとは思ったけど、好きな映画はやっぱり自分がリアルタイムにみたもの。
レオス・カラックスの『汚れた血』とか。時代の新しい風を作る監督だったと思う。
これからシナリオライターを求める時も、新しいなにかをもっている人、
自分なりの考え方だったり、切り取り方だったりができる人がいい。
奇想天外なストーリーとかではなくてね。
『殺し屋1』をやる時、原作者(山本英夫)に書いてもらおうと思ったら
1年たっても進まないんですよ。やっと来たのはテープにふきこまれた
10分くらいの喋りだったり(笑)。
でも脚本としては形にならず、どうしようという時に佐藤佐吉を紹介してもらた。
彼はもともと西友の映画事業部にいたんですけど。彼が以前書いたのが
面白かったので『殺し屋1』の話をしたら、「三池さんの脚本やれるなら
死んでもいい」みたいなことを言ったので「じゃ、一緒にやろうか」と。
僕の経験から言うと、そういう自分の色が出ている作品を見せてもらう。
そういうのが新しい脚本家とやるきっかけかな。
あと、自分で「企画」を持っている人は使いやすいなあと思いますね。
もともと漫画が好きで読んでいるほうだけれど、さすがに歳とってくると、
どんどん狭まってくるから。売れすぎてる作品だと「フン」ってなっちゃうしね(笑)。
こういうの面白いっていうのを教えてもらえるといいですね。

久保田
そういった時の「企画」とは?

宮崎
原作本でもいいし、企画書でもシナリオでもいい。

司会
郵送だったら、ある程度、体裁になっていたほうがいいと思いますけど、
こうやってお互いの顔が見えている間柄ならば、原作と、メモ程度でも
いいと思いますけどね。

宮崎
そう。たくさん脚本が送られてくるけど、全部読むのはけっこうつらいんで。

久保田
そんなに送られてきます?

宮崎
そうね。ただ、ある程度、何かをやっている人だったりしますからね。
皆さんのような方たちから売り込みの電話もらったりしても、
そんなに変な対応はしないし、逆にそういうパワーをいただいて
活性剤にしたい、くらいのかんじ。

押田
だいたいつまんないというのが問題ですね。面白いものを送ってくれたらね。

宮崎
それは虫がいい(笑)。

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司会
長澤さんはどういう人がいい?

長澤
誤解を恐れずになんでも言える人。
作るひと、見るひとにも利益(得)があるものであってほしい。
企画そのものがね。今、劇場映画に限定して言ってますけど、
そこには人のお金がかかる。
それを背負ってやることはちゃんと意識してほしい。
必ずしもテレビから発信してヒットするものありき、とは思わない。
それを否定するつもりもないですが。でも経済的な面に限らず、
お互い得するものがあればいと思ってます。私はいろんな方向性の
映画をやっているけれど、そこが共通するポリシー。
宮崎さんも言ってたけど、企画ならば何か1枚でもいいです。
なにか見せてもらえれば判断はできる。そこからあとは協調性ですね。

押田
僕はアイデアですね。なにか課題があって、それをどうやれば面白くなるかのアイデアが
ある人ですね。それって、普段でもいろんなことを面白がってるかどうかですよね。
ある話を映画にする時、どこかで突き抜けないといけないときがある。
そういうときにアイディアがじゃんじゃん出る人。無責任でいいと思うんですよ。
野球の話をやってたのにワーワーやってるうちにスキーの話になってもいいくらいの。
上手に理論だてて書ける人はいるけど、これから一緒にやっていきたいのはそういう人。

司会
私の場合は監督から企画を持って来られる時が多く、それはそれで
悪いことではないんですが、撮影が近づくにつれて監督は他にやることが
増えていくわけです。ロケハンとか打ち合わせとか。
それで、シナリオの最後の詰めがどうしても1歩足りないことがある。
自分に合うシナリオライターにまだ会えていない、もしくは自分には
そういう人はいないと思いこんでいる監督にとっても、
いいパートナーがいたらいいのではと思って探しますね。
粘り強く、チームに参加してくれる人ですね。逆に、監督は決まってないけど、
原作があったり、オリジナルのアイデアがあって、シナリオライターと
「こういう企画は面白いね、脚本を作って、じゃあ、監督はこの人がいいよね」
ということもありだと。そこに乗ってくれる人が必要です。

押田
今後は企画がまずある、ということは多くなるんじゃないか。
監督では「企画」にはなりにくいですから。
誰が撮るから、というだけでお金は集まらないし、お客も呼べない。
去年一番あたった映画、『HERO』の監督の名前がすぐ言える人は
ほとんどいないでしょ。

宮崎
洋画では顕著ですよね。昔はヴェンダースが撮った新作、といえばある程度
お客が入ったりしたましたけど。

長澤
逆にある意味すごくチャンスだと思う。『リアル鬼ごっこ』の監督は
ジェネオンの制作部の人だったりね。

シナリオライターの憂鬱??

宮崎
脚本家は映画だけじゃなく、テレビドラマも書けるし。
みんな、小説とかエッセイみたいな脚本以外のものも書くでしょ。
筒井ともみさんとかも。

小林
脚本と小説、両方書く方が、心のバランスがとれるって聞いたことがあります。

押田
脚本家は監督よりも金持ちになれる可能性は絶対高いですよ。
それこそ漫画原作とか。

宮崎
小説家の狗飼恭子さんは、脚本も書いてるんですが、脚本の方が
ずっと大変と言っていた。小説は心理描写とか説明できるじゃないですか? 
じゃ、楽でお金にもなる小説の方がいいじゃないですか。
なんで脚本やるんですか?って聞いたら、なんか向上心みたいなことを言ってた。

押田
シナリオって抽象的なことが書けないですからね。全部具体で書くしかないから。

宮崎
だから、荒井晴彦さんが「文章書くのと、脚本を書くのは違う」というのは
そういうことに近いかも。

司会
鈴木清順監督から「脚本は文学ではなく数学だ」と聞いたことがあります。

宮崎
田中陽造さんとか筒井ともみさんは文学タイプじゃないの?

小林
田中さんは、柱をあえて場所ではなく、ある文章にしてみたりとか、あえて色々
挑戦してらしたみたいですね。
でも、助監督がたいへんなだけで脚本としては成り立った、と。

押田
脚本を作品としてとらえるかどうか。現場にとっては設計図だから。
柱みたいなものは具体的でなくてもいいんですよ。文学的でも。
ただ、それはどこなのかとか、時間帯とか、結局は誰かが
具体は決めなきゃいけないから。
脚本家の仕事はどこまでなのか、ということですよね。
いつも一緒にやっているスタッフに向けてなら「壮大な世界」って書いてあっても、
共通認識が持てるかもしれない。
でも、はじめてのスタッフへの設計図としては不親切ですよね。
そういうシナリオだと、美打ち(美術うちあわせ=シナリオをもとにロケ場所、
そこでの美術を中心に撮影行為の具体を打ちあわせるスタッフ会議 )は延びる(笑)。

宮崎
脚本家になると、どうしてもそのままではなくて監督や役者にいじられるもんでしょ?
それはOK?

川崎
それはいやだなとは思いますけど。経験がないからわからないですが…
映画がそれで良くなればいいと思う。

押田
シナリオは読む人が10人いれば10通りの読み方をされるわけですが、
誰かが決めなきゃいけないから監督がここがポイントだというように
決めるわけですよね。でも、その物語を作ったのはオリジナルだったら
シナリオライターでしょ。
それでも作品ができると監督の作品と見られがちではあるよね。

宮崎
まあ、嫌な直し方をしない相性のいい監督と会うしかないのか。
あとは小説を書くか。

押田
え、そんなまとめなの?(笑)

小林
私は、いつも「監督をなぜ自分でしないの?」と聞かれるんですね。
でも、なぜか監督をしたいという気持ちはないんです…。

松田
私は監督をやりたいと思う気持もあります。
もともとはシナリオをやりたかったんですが、演出にも興味はでてきました。
でも脚本も書きたいんですけど。

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久保田
芸大では天才たちと一緒に共同作業ができるものと思って期待したけれど、
結局「脚本」というクレジットだけで、やらされるのはただのネタだしだったり、
リサーチャーだったりで…あるいは現場に出て助監督や制作進行を
期待されることの方が大きくて…それが嫌で漫画原作にいったのかな。
でも漫画でも原作どおりとはいかなくて、大塚先生でさえ作画の方の演出で
変わってしまう。最低限の物語の管理さえやらせてもらえれば、
台詞を変えられても、題名を変えられても、主人公の性別を変えられても、
まあいいやと割切ることが大事なんだと学ばされました。

宮崎
巨匠なれば大丈夫なんじゃない? 梶原一騎くらいに(笑)。

シナリオ打ち合わせの内容とは?

司会
ところで、シナリオなおしってどんなふうにやってますか? 

小林
あ、それ知りたいです。

司会
シロウズでは、プロットでもシナリオでも、ハコに戻して構成を検討したりするんですけど。
シーンやセリフは魅力的だけれど、ここで同じ意味のシーンが重なると弱まっちゃうからどうしよう、とか。

宮崎
演出は監督、シナリオはライターのものだと思っているからそんなに踏み込んでは口を出さないです。
ただ、プロデューサーとして、この映画はこういうことを言いたい、
こういうものに向かいたいということからズレていないかが大事。
だから、すごくいい脚本でも、そこがずれちゃうとやれない、ってことがあります。

押田
ああ、それとは逆のことがありますね。監督なりライターが
そういうことをやりたいんだ、ということが途中で見えてきたら、
それならこうやったほうが伝わるし面白いって口の出し方をすることもある。

未来について考えることなど

司会
では、今後の抱負をうかがってシメにしたいと思います。

川崎
こういう機会があるまで、漠然としていた。脚本は送った方がいいのかな…とか。
これからも続けていきたいと思います。

宮崎
自分に近いなにかをやっているところに送ったほうがいいね。

松田
みんなに伝わる映画もいいとは思いますが、一部の人に強く伝わる映画もある。
自分はそういう映画を作りたいです。

宮崎
みんなに強く伝わる映画を作ればいいじゃない。

松田
うーん。それはできないかな(笑)。

小林
みんながハッピーになる映画が作りたい。作ってハッピーだったり、
見た人もハッピーだったり。ちょっと恥ずかしいけど、
誰か一人でも救えるような作品を作れれば、と思います。

久保田
自分は人より多く回り道をしているもんで、早く世にだせる実績が欲しいというのが
正直な言い方になります。
それもあって今、漫画原作をやってるのですが、そうなるとやはりヒットする
エンタテインメントをつくりたいです。

宮崎
ピンクとかならすぐにデビューできるのでは?

押田
本数でいえばAVの方がすぐに脚本は書ける。

宮崎
AVの人で話題になるような映画を作って気になったのは平野勝之さんくらい。
ピンクは映画って気がするけどね。
今だったら、「相棒」の脚本を勝手に書いてテレビ局に持っていったら?

押田
映画よりテレビのほうが大変ですよ。テレビは縄張り争いが激しいから。
先輩から横やりが入る難しい世界ですからねえ。

小林
テレビの有名ライターさんたちにお会いする機会がありましたが、
毎クール書いてるような人でも、いつ仕事がなくなるかと不安はあるみたいで、
そうだとしたら自分たちのような駆け出しはかなり厳しいのかもしれない、と…。

司会
それではプロデューサーのみなさんからのアドバイス、今後作っていきたい方向などを。

宮崎
映画の脚本をやりたいなら日本映画の情勢、どこの会社の誰はこういうことを
やっているとかは分っていた方がいいでしょうね。
そうやって自分の個性が生かせそうなところを探したほうがいい。

押田
「会社」ではなく、そこにいる「人」が大事だから。
いま、シロウズに届くシナリオは俺が読むことが多いんですが、
自分は面白いと思わなくても、別の社員は面白いと思うかも、と考えることがある。
難しいな、タイミングもあるしね。
さっき松田さんが誰か一人だけでも面白いと思ってくれれば、と言っていたけれど、
せめて3人は面白いと思わせないと。まず、社内を通らない。

長澤
今、ひとつ進めている企画があるんです。エロとバイオレンスと笑い。
この3つのキーワードでやってみたい人がいたら手をあげてください。

宮崎
自分が学生の時はまわりをバカにしてて、同時に自分はなんてダメなやつなんだ
と思ってた青春時代だったんですよ。
のちに松本大洋や魚喃キリコを読んで、そういう時の自分の気持ちが書いてある。
それを映画にしたいと思って作ったんですね。そうやって、自分の感じたことを
商業映画の中で解決していくと、自分をみつめなおして、また先に進める。
それを観てくれたお客さん、映画関係者から「あれはよかったです」なんて
反応が直接聞けた時に、やってよかったと思うんですね。
そういう意味で、何かをやって無駄なことはないから、
家で悶々としているよりは、電話でも手紙でも書いて「お見合い」してみる。
そこから始めないと。
僕は、この人とやってみたいという監督や脚本家には自分から連絡して、
お見合いしてますから。恋愛と一緒で告白しないとはじまらない。

司会
監督の思いの強い映画を作ってきて、それはそれでやっていきたいと思ってます。
「強い映画」を作りたい。でも、一方でエンタテインメント、実によくできている、というような
ジャンル映画――それはたぶん脚本が練られているということだと思うんですが――
何人かのチームでアイデアを出し合って作るような映画もやってみたいな、と思います。

押田
色々なことで色々と考えられるといいと思う。
さっき長澤さんが言っていたエロ、バイオレンス、笑いで、そこからいかに
面白いことが考えられるか。
監督、プロデューサー、ライターで、いい共犯関係を築いていければいいと思います。

司会
今日はありがとうございました。次につながれば嬉しいです。

(2008年5月25日 オフィス・シロウズにて)

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参加者プロフィール

川崎龍太(かわさき りゅうた)
1985年生まれ。04年、日本映画学校入学。
「十五年」が第16回新人シナリオコンクール準佳作となる。
卒業後、助監督や参議院選挙スタッフなどに携わり、
現在はポット出版の映像事業部に勤務。

松田知子(まつだ ともこ)
1979年生まれ。大学卒業後、スーパー勤務を経て
日本映画学校にて学ぶ。卒業制作作品「飛ぶ時間」監督。
第17回新人シナリオコンクール佳作。
現在はTV制作会社勤務。

小林美香(こばやし みか)
大学時代から、アルバイトでモード誌の編集(全般)に携わる。
東京芸術大学大学院映画専攻科入学後、
田中陽造、井土紀州、筒井ともみに脚本を学ぶ。
代表作(脚本)
オムニバス映画『夕映え少女・イタリアの歌』(08・山田咲)
日韓合同制作 短編『覗』(08・吉井和之)

久保田浩康(くぼた ひろやす)
東京大学大学院中退後、03年、アダルトビデオ制作会社
ソフトオンデマンド入社し、ADとして勤務。
その後、ETV特集(NHK)やVシネマの助監督を経て
05年、東京芸術大学大学院映画専攻科入学。
06年漫画原作者の大塚英志に弟子入し
07年「逆走少女」で漫画原作連載デビュー&初単行本出版。

宮崎 大(みやざき だい)
ミコット・エンド・バサラ株式会社 プロデューサー
1965年生まれ。93年より企画プロデュースを始める。
代表作
『殺し屋1』(01・三池崇史)『青い春』(01・豊田利晃)『blue』(01・安藤尋)
『乱歩地獄』(05・竹内スグル/実相寺昭雄/佐藤寿保/カネコアツシ)

長澤佳也(ながさわ よしや)
リアルプロダクツ 代表
1967年生まれ。99年、自動車メーカーより映画業界へ転職。
代表作
『沙羅双樹』(03・河瀬直美)『DEAD END RUN』(03・石井聰亙)
『乱歩地獄・蟲』(05・カネコアツシ)『サイレン』(06・堤幸彦)
『大日本人』(07・松本人志)

押田興将(おしだ こうすけ)
1969年生まれ。今村昌平監督作品『うなぎ』(97)『カンゾー先生』(98)
『セプテンバーイレブン』(02)ではメイキングや助監督として参加。
04年よりオフィス・シロウズ作品のプロデューサーとして映画制作に携わる。
代表作
『スクラップ・ヘブン』(04・李相日)
『コワイ女』(06・雨宮慶太/鈴木卓爾/豊島圭介)
『恋するマドリ』(07・大九明子)

松田 広子(まつだ ひろこ)
1960年生まれ。雑誌編集者を経て、
94年、篠崎誠監督作品『おかえり』にプロデューサーとして参加。
以後、映画美学校母体作品やオフィス・シロウズ作品にプロデューサーとして参加。
代表作
『どこまでもいこう』(99・塩田明彦)『大いなる幻影』(99・黒沢清)
『アカシアの道』(00・松岡錠司)『アンテナ』(03・熊切和嘉)
『カナリア』(04・塩田明彦)『コワイ女・鋼』(06・鈴木卓爾)
『フリージア』(06・熊切和嘉)『恋するマドリ』(07・大九明子)

齊藤有希(さいとう ゆうき)
1979年生まれ。大学・映画美学校卒業後、04年瀬々敬久監督『ユダ』に
制作部として参加。
オフィス・シロウズ入社後、アシスタントプロデューサーとして
『カナリア』(04・塩田明彦)『コワイ女』(06・雨宮慶太/鈴木卓爾/豊島圭介)
『フリージア』(07・熊切和嘉)『恋するマドリ』(07・大九明子)に参加。
プロデューサーとして朝日放送新社屋記念映画「Theショートフィルムズ」の一遍
『タガタメ』(08・李相日)を手がける。

坂巻美千代(さかまき みちよ)
1978年生まれ。都内大学卒業後、日本映画学校へ入学。
04年オフィス・シロウズ製作の『スクラップ・ヘブン』(李相日)
にアシスタントプロデューサーとして参加。
以後、『闇打つ心臓Heart, beating in the dark』(05・長崎俊一)
『やじきた道中 てれすこ』(07・平山秀幸)などに参加。

Filed under: スペシャル — admin @ 19:00:33

若いシナリオライターと出会っていきたい。
どこからどんなふうに出会おうか。

今は学校がたくさんある。
では、そこで推薦してもらった卒業生と、お見合いをしてみたらどうだろう。
聞いてみたいことはいろいろある。
こちらはこんなことをライターさんに期待しているという話もある。
そんなわけで、座談会を企画してみました。

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参加者には、日本映画学校と東京芸大大学院の
今年と昨年の卒業生各1名、計4名のみなさん、
ゲストプロデューサーとしてミコット・エンド・バサラの宮崎さん、
リアルプロダクツの長澤さんにご参加いただきました。

学校でシナリオを学ぶとは?

オフィス・シロウズ松田(同姓の方がいらっしゃるので、以下、司会と表記)
今日はお集りいただきありがとうございます。
まずは自己紹介をお願いします。

押田
オフィス・シロウズの押田です。もともと演出部をやっていて
3年前にシロウズに入って今は職業としてはプロデューサーをやってます。

長澤
もともと他業種で、自動車会社で設計をやってました。
WOWOWの子会社、仙頭武則さんがはじめたサンセントシネマワークスに
入ったのがこの仕事をはじめたきっかけです。
35歳までの未経験者、という異色の求人募集の記事を見たのが、
このまま自動車業界でやっていくんだろうな、と思っていた矢先のことでした。
面白いな、と思って入りました。なので、今日集まった、映画を愛してるから
シナリオを学んだ方たちとはちょっと違って、ものすごくやりたいというより、
そういうチャンスがあることに興味をひかれて映画の世界に入ったんですね。
今は愛してますけど。よろしくお願いします。

宮崎
大学を卒業して上京して、KSSというビデオメーカーに入りました。
Vシネマと言われるものがたくさん作られだした時代でしたね。
もともと映画のパンフレットを集めるのが好きで、そういう仕事をやりたい、
とは思ってました。演出に興味はなかったですね。
当時、日本映画はカッコ悪い、と思ってて、カッコいい日本映画を作りたい
ということから企画をやりたくなった。そのうちプロデューサーになれたんですが、
かれこれ15年くらいですかね。Vシネマは30本くらいやりました。
今はミコット・エンド・バサラという会社にいます。漫画原作を映画化するのが好きです。

司会
私ももともとは異業種です。雑誌の編集者をやっていました。
「スタジオ・ボイス」に4年、「SWITCH」に6年いて、「SWITCH」では映画の担当
でしたので現場に取材に行ったりするのが楽しかったんですが、自分でやろうとか、
やりたい、と思ってはいませんでした。
フリーランスになったときに篠崎誠監督の作品に誘ってもらったのがきっかけで、
作ることに関わりました。その後、映画美学校の立ち上げのときに
プロデューサーということにしてもらい、さらにオフィス・シロウズに拾ってもらって
今に至ってます。

今日は、座席の関係もあるので書記と写真撮影という形で
参加してもらいますが、シロウズのふたりも自己紹介を。

坂巻
大学を卒業したあとに日本映画学校に入りなおし、卒業してぼーっと
してたらシロウズに拾ってもらいました。脚本作りの段階からかかわって
公開まで1年以上かかるので、映画作りはつらくて大変だな、というのが
実感なんですが、シナリオを作っていくのは楽しいです。
それからHPを松田とともにリニューアルして、ゆくゆくはなにか発信できる
メディアにしたいという野望があるので、今回はその第一弾ということで
みなさんとお会いできてうれしく思います。今日はよろしくお願いします。

斉藤
大学と同時に映画美学校に入りました。卒業後、瀬々敬久監督の作品に
スタッフとして参加して、その後、『カナリア』で松田のアシスタントに
ついたのがきっかけでシロウズに入りました。今日はよろしくお願いします。

川崎 
1年前に日本映画学校を卒業しました。声をかけられて助監督やったり
選挙スタッフをやってきました。ほかには年間を通じて「映画芸術」の
編集のお手伝いをしてました。
今はポット出版というところの映像事業部なんですが、主にそこで出している
出版物のCMとか、プロモを制作してネットにあげる仕事などをしています。

松田
川崎さんのひとつ下の学年で日本映画学校の脚本ゼミで学んだんですけど、
大学出たあとに一般企業で働いたあとに映画学校に入っているので歳は上です。
今はテレビの制作会社につとめています。ドキュメンタリーを作っていて、
ADをやってます。

小林
私は大学を出たものの就職できず、たまたま田中陽造先生に拾ってもらって
東京藝術大学大学院のシナリオ領域に入り、そこではじめてシナリオを
本格的に学び始めました。
今年の3月に卒業しましたが……という状態です(笑)。

久保田
今は漫画原作者・大塚英志の事務所で漫画の原作をやっています。
もともと東京大学で物語や神話の研究をしてまして、すっかり学者になる
つもりでいましたら、まあ…いろいろありまして、気付けばアダルトビデオの現場で
ローション練ってました。でもすぐクビになってしまいまして、そこでたまたま
東京芸大大学院の1期生募集があり、シナリオを全くやったことがない自分が
運良く入学できたまでは良かったのですが、すぐに大塚英志先生に弟子入り
しちゃいまして、今度は学校をクビになりかけました。そんなこんなでここにいます。

司会
最近、映画の学校が増えていますが、シナリオを勉強している方、
シナリオのコースを選んだ方はどういうことを思っていて、学校ではなにを教わるのか? 
をうかがっていきたいと思います。

川崎
日本映画学校は3年生の学校です。1年のうちはいろんな人が混ざったまま
クラス分けされていて、夏休みには200枚の長編シナリオを全員書きます。
2年から専門課程に分かれ、僕は脚ゼミ(シナリオコース)に入りました。
そこでは実習のためのシナリオを書くというのが前提で、
30分とか10分という短いのを何本か書きます。
その中から1本か、2本が選ばれて映像化されます。

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司会
それは誰が監督するんですか?

川崎
基本的には書いた人です。

宮崎
脚本ゼミだけじゃなくて監督ゼミもあるんですよね。でも、それは選ばなかった、と。

川崎
正直、シナリオゼミなら監督ゼミより楽かなと思って入ったところがあって。
実際はもっときつかったんですが。でも、やっているうちに面白くなりました。
あとから気持が高ぶったので、最初から脚本家になりたかった、というのでは
ないんですけど。
2年生の時は斉藤久志さんが担任で、書いたら講評を受けて直す、という
キャッチボールをするんです。3年生の時は新人シナリオコンクールに出す前提で
夏休みに書くんですが、その時にはもうすこしいろいろな先生と密なやりとりをします。
20対1だったのが3対1になるとか。

松田
私も同じゼミで、川崎さんと1年しか違わないので、
授業の内容としては同じだと思います。
私は2年、3年と実習で脚本が選ばれたので、監督もやりました。
でも、結局、シナリオは誰かに何かを習うことはできない分野だと思いました。
形式的なことは習っても、こういうことを書きなさいということはないし、
書いては直すの繰り返しなので。
もともと、シナリオがやりたかったというのではないんですが。
やはり映画を見ているとシナリオが気になるし、文章を書くことが好きでなので
入ったんですが、荒井晴彦先生からは「文章を書くことと脚本を書くことは全く違う」と
言われました。実際、すごく難しかった。
実習で選ばれたものでも、ただ、お話が書いてあるだけで、実感が伴ってない
ということを感じて。3年のときに、ようやく少しそういうものを書けた。
なので、習ったことを具体としては言えないのですが、
何を書いたらいいのかということに気づかされた、というのが
私にとっては大きかったです。

小林
入学した当時、学部自体が設立されてまだ2年目という、過渡期の状態でした。
しかも1学年終了と同時に、田中先生がご退官されて、そのあと、井土紀州先生、
筒井ともみ先生と、3人の先生に習いました。恵まれてたとは思いますが、
でも「どういうことを書けばいい映画になるか」ということは、ハッキリとは教わらなかった。
「脚本は教えることはできない。自分以上のものは結局作れないんだから、
自分がどんどん変わっていったり、魅力的になるしかない」ということを教わりました。

久保田
僕は田中陽造先生に2年間教えていただきました。
芸大のカリキュラムは実習メインなので、脚本領域と言っても実習に
現場スタッフとして参加しなくてはいけません。だから真面目な生徒ほど
なかなか書く時間はなかったはずです。僕らの代は一期生ということもあり、
大学側も試行錯誤でしたから、とにかく書く時間をくれとだいぶもめたりもしました。
脚本領域の学生が書いたものを監督領域の学生が演出するような実習もあるんですが、
学校の方針としては監督を育てることがメインなので、どうしても作家性の強い
監督の色にもっていかれがちで、やはりもめました。そんな訳で、一般的な
シナリオスクールと比較すれば技術的なものを高めた実感はないです。
でも、田中先生を通して、シナリオはどういう心構えでやればいいか、というお話を
生で聞けてシナリオの深いところに触れられたのは貴重な財産です。
書いては提出して、田中先生にダメだと言われたところを生徒同士で夜通し飲みながら
涙目で話し合ったりしてましたが、結果としてそれが僕にとっては大きかったです。

宮崎
昔の映画を分析したりという授業はないんですか?

久保田
そういうのもあります。が、それが必ずしも反映されるわけでもなくて…。

司会
この小説を脚本化しましょう、という課題は?

久保田
あります。僕の代では一年生の夏辺りで一本やりました。
ただ、それは脚本領域の中だけで完結するもので、あくまで田中先生の
課題としてやったので映像化はされていません。

小林
私の時は、最初は書きたいものを書いて、つぎに脚色の課題があって、
最後にまた書きたいものを長編で書く、という流れでした。

川崎
2年の時に脚色の授業はあります。学年によってちがうんですが、
僕らの時は荒井晴彦先生がリストアップした、長編小説、短編小説、西原理恵子の漫画
などから好きなものを選んで脚本化する授業がありました。
でも、なかなか生徒が最後まで書けなかったです。書いても一人か二人。

押田
学校っていうのは基本的には生徒の中身を掘り出すことから始めるところでしょ。
それだと、まあ、シナリオはどう書いてもいいんですよね。
具体的な書き方、ノウハウよりは、「お前はどういう人間だ?」っていう本質を
大事にするから。でも、社会に出てからはそうはいかないんで。
だから、かえって学校っていうのはそうなるんじゃないかな。

宮崎
どうやって脚本家になれば分らないから学校にいくんですか? 
実際、学校を卒業して、脚本家としては次につながるものなの? 

久保田
僕ももちろんそうなのですけど、正直、コネクションを求めて入った人は多かったです。
コトバにしてしまうと身も蓋もなく聞こえますが、事実、超一流のスタッフが教員として
そろっていましたし、様々なアプローチの可能性を考慮すれば、芸大はその点は
異様に恵まれていましたから。

宮崎
実際、プロになった人はいるんですか?

久保田
そのまますぐに映画のシナリオライターになったという人はいませんが、
僕みたいに漫画原作をやったり、テレビドラマのプロットライターになった人はいます。
また、少し時間をおいてから、こうした縁を生かして商業映画でデビューしたり、
大きな賞を受賞してデビューを待っている方が出ています。でもそれらは無論、
いわゆる「コネ」の一言では片付けられない確かな実力と旺盛な意欲があっての話です。

プロデューサーはどんなふうにライターを探しているか?

司会
シナリオライターは重要だと思っているけれどライターを探すのは簡単では
ないですよね。みなさんどうしてますか?

宮崎
難しいですよね。企画から入るから、その企画にふさわしい人、ということで
いろいろDVDを観たりして探すんだけど、あまりいないな、というのが実感です。
シナリオの賞がいろいろあるから、こちらとしては、判断材料としてはその脚本を読むか、
面白い映画を観て脚本家を気にするとか、そうやって力を判断するしかない。

長澤
方法論は特にないですね。シナリオライターに限らず、結局、人と人との
つながりなのでね。今日、来た理由も新しい人たちと出会えると思ったからです。
過去を振り返ると、監督ありきから入った作品がほとんどなので、
監督がシナリオを書いてますね。シナリオからスタートした作品は一本ありますが、
音響効果の人から紹介してもらった書き手でした。ただ、成立はしなかったけど。
ライターは自発的にいかないとなかなか見つけられないです。

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ゲストプロデューサーの宮崎さん(左)と長澤さん

宮崎
新人でもチャンスはあるよね。新しモン好きな人がいますよね。
僕もそうだけど。IMJのプロデューサーの久保田修さんとか。

司会
『ジョゼと虎と魚たち』や『メゾン・ド・ヒミコ』『天然コケッコー』で活躍している脚本家、
渡辺あやさんは久保田さんが発掘した人ですよね。

押田
うちの社長も新人好き。
でも、とにかく初めて仕事する場合は会ってキャッチボールしてみないと分らない。
こちらが脚本を面白がっても、実際に書いている人と面白がっているポイントが
ずれていたりするから。

宮崎
Vシネマの世界に身を置いていた時も、日本映画を変えてやる、くらいの気持ちで監督や
シナリオライターと打ち合わせする時には、大好きな洋画の話ばっかりしてたんですよ。
カラックスがどうとか、ベルイマンがどうとか。予算は3000万くらいで、Vシネマだから
やらなくてはいけない決まり事もあるのに。
そのころは上の世代の人たちと仕事をしてるんだけど、「ああ、そう」って流されてて。
なんかこれじゃ駄目だな、と思ってたころに同世代の人と仕事をしたら、いろんな感覚が通じあえた。お互いさらけだせる感じでやらないと駄目なんですよね。

誰とどんな仕事をしてみたい?

宮崎
みなさんは、脚本家としてこの監督と仕事をしたいと思う人はいるんですか?

久保田
僕は漫画原作をやってるぐらいエンタテインメントが好きで…
芸大にはまちがって入っちゃった人なので…。堤幸彦監督とか…。
トリッキーなところが何だか無性にキモチがよくて…
スンマセン、好きな理由が映画っぽくなくて…。

松田
橋口亮輔監督が好きなんです。でも、橋口監督はご自分で脚本も書く人なので、
自分がもし脚本に入ったらその世界を壊してしまいそうだから、無理です。
『渚のシンドバット』がきっかけで映画を目指したところがあるので。
ああいう日常のさりげないやりとりを切り取る感じでもいいんだと思えた。
自分でもそういう風に脚本を書きたいと思ってます。

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宮崎
松田さんが卒業制作で作った「飛ぶ時間」というのはどんな話?

松田
レディコミを書いている女の子がいて、高校のころ好きだった相手に
10年ぶりに再会して、片想いしてた時間がやっと終わっていく、みたいな話です

宮崎
どんなふうに終わるんですか?

松田
処女なんだけど、レディコミを書いてる女の子が、セックスして
その後やっと気持ちが追いついて、体と心が一致するということを書いたんです。

司会
小林さんは?

小林
私はビビりなんで好きな監督とは仕事できないです。怖くて。どうしよう(笑)。
書きたいものはジャンルを問わずいっぱいあるんですけど、向いているものと
向いてないものが、何となくですが最近分かってきたような気がします。
でも、色々な監督と仕事をしてみたい。
自分が書いたものが映像になった時、自分では考えもしなかった発展の仕方や、
あるいは誤解のされかたがすごいなと。
世界の見方が変わってしまうような経験が癖になりました。

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押田
小林さんは、ずいぶん映像化されてるんだよね?
川端康成の短編を原作にした「イタリアの歌」とか、「覗」とか。

宮崎
この「覗」っていうのは?

小林
黒沢清監督の映画をパクリまくったみたいな(笑)。
ホラーのようなホラーになってないようなものなんですけど。
韓国に出張に行った男が、ホテルのテレビをつけると、似たような
部屋が映っていて、そこには女の人がいる。男はその映像に
はまっていってしまって…という話です。

宮崎
なんで、ホラーを?

小林
どうも怖い夢ばかり見る傾向があって、私の潜在意識にはホラーがある、
と思ったんですね。あと、その話を考えていた当時、隣の部屋の騒音に
悩んでいた、ということも影響してますね。

川崎
今22歳なんですけど、同世代の人とやってみたい。
石井裕也さんとやってみたいです。『剥き出しにっぽん』(05)で昨年PFFの
グランプリを受賞した方で、同世代でははじめて名前の出た方なので、
すごく興味があって。お会いしていたいな、と。

宮崎
浅野(忠信)君がチラシにコメント出してましたね。

司会
エドワード・ヤン記念のアジア新人監督大賞を獲られて話題になった方ですね。

(後半につづく・・・)

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参加者プロフィール

川崎龍太(かわさき りゅうた)
1985年生まれ。04年、日本映画学校入学。
「十五年」が第16回新人シナリオコンクール準佳作となる。
卒業後、助監督や参議院選挙スタッフなどに携わり、
現在はポット出版の映像事業部に勤務。

松田知子(まつだ ともこ)
1979年生まれ。大学卒業後、スーパー勤務を経て
日本映画学校にて学ぶ。卒業制作作品「飛ぶ時間」監督。
第17回新人シナリオコンクール佳作。
現在はTV制作会社勤務。

小林美香(こばやし みか)
大学時代から、アルバイトでモード誌の編集(全般)に携わる。
東京芸術大学大学院映画専攻科入学後、
田中陽造、井土紀州、筒井ともみに脚本を学ぶ。
代表作(脚本)
オムニバス映画『夕映え少女・イタリアの歌』(08・山田咲)
日韓合同制作 短編『覗』(08・吉井和之)

久保田浩康(くぼた ひろやす)
東京大学大学院中退後、03年、アダルトビデオ制作会社
ソフトオンデマンド入社し、ADとして勤務。
その後、ETV特集(NHK)やVシネマの助監督を経て
05年、東京芸術大学大学院映画専攻科入学。
06年漫画原作者の大塚英志に弟子入し
07年「逆走少女」で漫画原作連載デビュー&初単行本出版。

宮崎 大(みやざき だい)
ミコット・エンド・バサラ株式会社 プロデューサー
1965年生まれ。93年より企画プロデュースを始める。
代表作
『殺し屋1』(01・三池崇史)『青い春』(01・豊田利晃)『blue』(01・安藤尋)
『乱歩地獄』(05・竹内スグル/実相寺昭雄/佐藤寿保/カネコアツシ)

長澤佳也(ながさわ よしや)
リアルプロダクツ 代表
1967年生まれ。99年、自動車メーカーより映画業界へ転職。
代表作
『沙羅双樹』(03・河瀬直美)『DEAD END RUN』(03・石井聰亙)
『乱歩地獄・蟲』(05・カネコアツシ)『サイレン』(06・堤幸彦)
『大日本人』(07・松本人志)

押田興将(おしだ こうすけ)
1969年生まれ。今村昌平監督作品『うなぎ』(97)『カンゾー先生』(98)
『セプテンバーイレブン』(02)ではメイキングや助監督として参加。
04年よりオフィス・シロウズ作品のプロデューサーとして映画制作に携わる。
代表作
『スクラップ・ヘブン』(04・李相日)
『コワイ女』(06・雨宮慶太/鈴木卓爾/豊島圭介)
『恋するマドリ』(07・大九明子)

松田 広子(まつだ ひろこ)
1960年生まれ。雑誌編集者を経て、
94年、篠崎誠監督作品『おかえり』にプロデューサーとして参加。
以後、映画美学校母体作品やオフィス・シロウズ作品にプロデューサーとして参加。
代表作
『どこまでもいこう』(99・塩田明彦)『大いなる幻影』(99・黒沢清)
『アカシアの道』(00・松岡錠司)『アンテナ』(03・熊切和嘉)
『カナリア』(04・塩田明彦)『コワイ女・鋼』(06・鈴木卓爾)
『フリージア』(06・熊切和嘉)『恋するマドリ』(07・大九明子)

齊藤有希(さいとう ゆうき)
1979年生まれ。大学・映画美学校卒業後、04年瀬々敬久監督『ユダ』に
制作部として参加。
オフィス・シロウズ入社後、アシスタントプロデューサーとして
『カナリア』(04・塩田明彦)『コワイ女』(06・雨宮慶太/鈴木卓爾/豊島圭介)
『フリージア』(07・熊切和嘉)『恋するマドリ』(07・大九明子)に参加。
プロデューサーとして朝日放送新社屋記念映画「Theショートフィルムズ」の一遍
『タガタメ』(08・李相日)を手がける。

坂巻美千代(さかまき みちよ)
1978年生まれ。都内大学卒業後、日本映画学校へ入学。
04年オフィス・シロウズ製作の『スクラップ・ヘブン』(李相日)
にアシスタントプロデューサーとして参加。
以後、『闇打つ心臓Heart, beating in the dark』(05・長崎俊一)
『やじきた道中 てれすこ』(07・平山秀幸)などに参加。

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