大城美佐子 嘉手苅林昌
嘉手苅林次
嘉手苅林昌 嘉手苅老人(長老)役
1920年7月4日、沖縄の嘉手納に生まれる。
7歳の頃、三線を弾き始め、13歳頃より村芝居の地謡をつとめる。19歳で兵隊に。サイパンや南洋諸島を渡り歩く。終戦で本土に帰国。
1949年、荒廃と混乱に傷ついた沖縄に帰郷。"唄える"職業、馬車曳(バシャムチャー)になり、同じ頃、ラジオや村の催事で唄うようになる。
沖縄にようやく復興の兆しが見えた頃、本腰を入れて劇団の地謡として島々を唄い歩く。以降、常に琉球民謡の最登頂として国内外で精力的に活動。
琉球民謡協会名誉会長。1994年、沖縄県文化功労賞受賞。高齢にもかかわらず唄い続ける。残念ながら『ナビィの恋』の公開直前の1999年10月におしまれつつ亡くなられた。最後まで現役の唄者であった。
大城美佐子 美佐子(長老の妻〉役
1936年、大阪市大正区北恩加島に生まれる。
幼少期を名護市で過ごす。20歳頃から古典音楽や舞踊を習う。宜野湾市の料亭 で働いている時、普久原恒勇や上原直彦らに勧められ、本格的に民謡に取り組む。ほどなく知名定繁に弟子入り。'62年「片思い」でデビュー。
以降、多数のシングルをリリース、またアクティブに公演を続け、'97年、芸能生活40周年リサイタルを催した。高嶺剛監督『夢幻琉球・つるヘンリー』では主演も果たしている。 |